1928日後…

すべては1匹のねずみの感染から始まった……!!

プーさんコーナーを通って、夢から醒めよう ②

前回の記事で次回はグラデーションを演出しているプロップスについて詳細に紹介すると予告しましたが予定変更して、今回の記事では「グラデーションの終着点」について紹介します。

 

さてタイトルになっている“現実”とは具体的にどこのことを指しているのでしょうか?もちろん最終地点は東京ディズニーランドファンタジーランドですが、その直前にとても小さな空間ですがもう一つ“現実”があります。

それはここです。

ファンタジーランド側の出入り口と直結している二つの空間のうちハニーハント側のここはロビンの母、ダフネの部屋です。勿論それはガイドブックなどで公式で紹介されているものではありませんが前々回の記事でも述べたようにダフネは大変な園芸好きでした。

 

「自分の庭にいる母。移植ごてを手にダーウィン・チューリップの球根を植えている母。(中略)しかし、私が覚えているのは、たそがれどき、静かに、喜ばしげにこれらのものを眺めて、黙想している母である。」*1

 

出口付近にあるこの絵はバシリウス・ベスラーの『アイヒシュテット庭園植物誌』という有名な植物誌からの1ページです。

 

この一帯にはドライフラワーや美しい花柄の絵皿、植物の絵なども飾られておりそこにダフネの存在を感じます。

 

 

更にこのダフネの部屋と思しき一角は棚の形に特徴があるのです。上の画像がここ以外の棚で、下の画像がダフネの部屋の棚です。下の画像では、棚の形に特徴があるのがおわかりただけると思います。実はこの凝った形の棚も、たまたまそうであるわけではなく間違いなくダフネのセンスなのです。コッチフォードファームの別荘においてダフネの寝室は特別広く美しく、また彼女の家具のセンスの良さは家政婦やミルンも一目置いており誰も彼女の趣味に文句を言えないほどだったそうです。

「もちろん、決めたのは母であり、受諾したのは、父である。そして、またしても、一ばんしめった、一ばん暗い、一ばん寒い、一ばんみすぼらしい部屋が彼に割りあてられたという発見をしたのも父である。」*2

母のこれらの様子にロビンは「情ある独裁者」と表現しています。プーさんコーナーの中でここにしかない特殊な形の棚は“独裁者”の指示によるものなのでしょう。尚上記の引用文で述べられているのはコッチフォードファームの別荘ではなく、ロンドンのマロードストリートにあるまた別のミルン宅なのですがコッチフォードファームでも同様に彼は小さくて暗い部屋を割り当てられたようでした。

そしてこれらの装飾や棚の特徴は前述したプーさんのインテリアのように徐々に増えていくというわけではなく、突然始まるのでここが“部屋”として区切られた現実の家であることがわかります。

 

隣接するこの暖炉もダフネの部屋のものなのなのでしょうか?違います。この暖炉のある一角は応接間です。

 

(画像引用:https://thestrip.ru/en/for-blue-eyes/alan-miln-byl-redaktorom-v-lapah-u-vinni-puha-i-sobstvennoi-zheny-dve-bedy/)

これは実際のコッチフォードファームの別荘でのミルンの写真です。ミルンはこの応接間の暖炉の前でくつろぐのが好きだったそうです。

 

先ほどの写真では暖炉の上にたくさん動物の人形が置かれていましたがプーさんコーナーの暖炉にも馬やカモの置物がいくつか置かれています。

 

さて、ダフネの部屋、応接間ときたら外から向かって見て一番左手(スモールワールド側)にあるここはミルンの部屋に違いないですね。……と、言いたいところなのですがそうと決めるには一点だけ、とても大きな懸念点があるのです。

 

それはここ一帯に飾られている絵画なのですが、これらは全て馬と猟犬を連れた狩猟が描かれています。一見すると大変イギリス的であり、ミルンの部屋だろうと断定してしまいそうなのですがミルンについてこのような記述があるのです。

「(前略)ミルンはプロのサッカーが嫌いで、血を見るスポーツ(狩猟など)はすべて嫌悪した(「あれは小さい動物を殺すのが好きということだ」とミルンは言った)。(中略)あらゆる種類の攻撃、戦争を美化する思慮に欠けた話の全てが大嫌いなことを、はっきりと表現した。(後略)」*3

実際のミルンはゴルフとクリケットが大好きで、ミルンの自室にはクリケットを描いた絵が二つ飾られていただけだといいます。つまりこの一角がミルンの部屋である可能性は非常に低いのです。

かといって、ここが応接間やダフネの部屋の続きなのかというとその可能性も低くその根拠の一つとして照明があります。

 

上からダフネの部屋、暖炉の真上、そして持ち主不明の部屋の天井にある照明なのですがそれぞれデザインが違うことがわかります。この一見繋がっている一つの空間が実は三つの別々の部屋なのだと、インテリアのテイストで表現していますが照明を変えることによってさらにわかりやすく表現しています。

なのでやはりこの狩猟の絵がある部屋はダフネの部屋でも、応接間でもないのです。

私が思うに、この場所は広義の古き良きイギリス人らしさを表現した部屋なのではないでしょうか。プーさんのハニーハントでは特定の人物や場所を特定させる何かを、突然置かない選択をすることが時折あるのです。キューラインにあった日時計がその代表です。

 

前回の記事でも紹介しましたが、コッチフォードファームにある実際の日時計はプーさんたちのレリーフが彫られています。しかしハニーハントの日時計にはプーさんたちはいません。前後にハチの巣のモチーフなどもすでに出ていて、ここでちょっとだけプーさんの姿(しかも元ネタの日時計にいるのはアニメじゃなくて原作の姿なので尚更)登場させてもよいのではないかと思ったのですがそこは何か譲れないものがあるのだと思います。

それと同様にここをミルンの部屋にしない演出上の理由があるのだと私は考えます。もしかするとミルンの居場所としての役割はお気に入りの場所であった暖炉が担っており、ここはまた例えばお手伝いさんやナニー等別の誰かの部屋なのかもしれません。

みなさんはどう考えますか?

 

今回は以上です。

次回こそ前回予告した夢と現実のグラデーションを演出するものたちをさらに掘り下げる内容の記事になると思います。

 

 

 

*1:クリストファー・ミルン著.『クマのプーさんと魔法の森』.石井桃子訳.岩波書店,1977,p.80

*2:前掲『クマのプーさんと魔法の森』p.218

*3:アン・スウェイト著『グッバイ・クリストファー・ロビン』山内玲子・田中美保子訳.国書刊行会,2018,p.87-88